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「ブンタール」の編みは、もう新たにはつくられない手仕事
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「chisaki」は、ブンタールなど、帽体(帽子に成形する手前の素材)の多くを「株式会社サハラ(以下、サハラ)」という帽子材料の商社から仕入れています。
創業70年余という「サハラ」。最初は帽体の漂白・保管・染めに始まり、今は海外から素材を輸入してお渡し、という一連を担っていらっしゃいます。この30年で1軒、また1軒と同業者が減り、今はほぼ、同じ業態の会社は日本になんと「サハラ」1軒だけ。なんと貴重なお仕事でしょう。2代目で現会長の佐原義連さん、3代目で現社長の佐原信連さんにお会いしました。
日本の産業の歴史と共に歩んでこられた、ここまでの道のりをお聞きするだけでも、変革の時代を生きた方々の、創意工夫に満ちた冒険の物語のひとつが、ここにも、とワクワクしました。誰も知らないノウハウやコツを、テストや想像を繰り返した果てに獲得してこられたのです。
ブンタール帽体の最初のお取引は、帽子の素材を求め海外に通うようになっていた現会長が、大口取引の準備のために、原材料となるブンタールファイバーの採取を「この目で見なければ」と視察しに行き、始まったと聞きます。
手間ひまかけた美しさ、継続できない難しさ
ブンタールは、主にフィリピンでココヤシの枝から取り出した繊維を原料としたもの。ブンタールの繊維で編んだ帽子の美しいこと!トップの編み出しから放射状に広がる編み目の、緻密に整ったライン。目が細かく詰まっていて、マットだけれどほのかな艶がある。その柔らかで品のある様子を眺めているだけで、幸せな気持ちになれます。
「ブンタールの繊維は、かまぼこ状になっていて、表面にまるみがあるので、光を受けたときに上品な艶があります。鈍く光るのがいいですね」と社長の佐原信連さん。確かに、編み目が立体的で、だからこその美しさが感じられます。
緻密に編まれていますが、非常に軽く、またパナマ帽の緻密さよりは少し透け感があり、かぶっていて涼しい。
ブンタールファイバーの採取は、とても時間のかかる作業。フィリピンのジャングルで、20-30mあるココヤシの木に登り、枝を落とします。最初に会長が訪ねた時、一度に採取できるのは一本の枝だけだったそう。その一本についたたくさんの葉をひとつひとつ手で力強く引き抜き、束ねて、数週間(!)、川にさらします。すると、余分な葉肉が落ちて丸い糸状の繊維だけが残る。それを干して、丸太に挟んでしごき、しなやかにする……とこんな感じです。
そして繊維の束は海路を中国へ。中国では農家が副業として編み手となり、細さや長さを選別して揃え、緻密に繊細に編み進めます。中国の編み手は根気よく、手先も器用。この美しいものが、大変な思いをしてようやく繊維になり、丹念に編んで生まれたのだと知ると、抱きしめたくなるほど愛着がわきます。
ところが、編み手の高齢化が進み、そのまま今から20年前につくり手が途絶えてしまったのだそうです。これから世に出るものは、「サハラ」が最後の製品として買い付け、大切に保管しているごくわずかな在庫のみ。限りあるものだったのです。「サハラ」は、この最後のストックを、倉庫の湿度管理を徹底して劣化を防ぎながら、大事に大事に、売り「惜し」んでいます。本当にその価値を共有できるデザイナーや売り手とだけ、よい素材を世の中に送り出していきたいそうです。
「いい素材を使い、きちんと価値をつけて売る。デザイナーさんたちには、そうやって力をつけていただかないと」と社長の信連さんは言います。少しでもその価値を貶めることなく、むしろ上げていけるよう、価値を共有できる人たちと、この素材を大事に世の中に送り出していきたいのだそう。
苣木さんも、その言葉を受けて「素晴らしい材料がすでにここにあるのだから、私たちデザイナーには世の中に出す責任がある」と応えました。
「ありのままの美しさ」と「未来の美しさ」
「chisaki」の苣木さんからは、つくり手の方々について、「日本人の感性と技術と繊細さはすごいと思う」と聞いていました。社長の信連さんも、「たとえ工業品であってもね」とつけ加えます。機械を扱う人によって、物の出来が変わる、ということです。今回、「seed」からお届けするもうひとつのかたちとして作っていただいたペーパーブレードの中折れハットは、日本製の紙の糸を使って、日本で組んだ紐を材料にしていますが、その組紐の機械は、現在では日本の一箇所でしか、使いこなせる工場がないそう。機械であっても、それを動かすのは、人。準備し、見守り、調整するのは、人の知恵と心があって初めて機能するのだと教えてくれます。
ところで、ブンタール帽体を最初に見せていただいた時、その加工前の生成りの素材がとても美しいものでした。「seed」は、ありのままの美しさを愛するプロジェクト。最初は、その生成りのまま、製品化しようと思いましたが、プロフェッショナルの佐原社長は、「生成りのままだと、小さな黴のシミや、目に見えない汚れなどの不純物があります。そのままでもある程度長くお楽しみいただけるでしょうが、一度、漂白することで不純物を取り除くことが必要です」とおっしゃいました。
より安心して長くお使いいただけるように。その責任感と、創業以来70年余、ずっと漂白/染色を独自に探求し、続けてこられた技術に、信頼の気持ちが増しました。
今回は、素材として「まっさら」な存在にして、自然な生成りに染め直していただくことにしました。
「seed」や平井かずみの活動では、美しい手仕事に感動した気持ちのままに、これまでも手仕事や、人の手によるものをたくさんご紹介してきました。平井かずみの愛用する和ばさみも、はさみのいい打ち手がどんどん減り、今はおそらく、数十年前につくられたものを大事に取り扱っている。素晴らしいものを、いつの間にか失ってしまうことのないよう、少しでも多くの方に、よさを十分にお伝えしていきたい、と考えています。
花生けの教室で使う植物は、栃木の那須で、露地栽培で、自然のありのままの姿で育っているものを。
「それもこれも、まずは”好き”というシンプルな理由から。だからこそ、その価値を高めていきたいという思いもありますし、失いたくないと感じます」。
もう止められない、なくなってしまうものはきっとあるけれど、少しでも手元に残るものがあるように。
今回も、ご一緒させていただきたかったのは、こういう価値についての思いとか、純粋にきれいな手仕事というところから。「サハラ」は、価値あるものを大事にし、きれいに保管して、提供されている。ありがたい、と呟く苣木さんに、一同深く頷きました。
より長持ちさせるために
夏の帽子をより長持ちさせるには、保管方法がとても大事です。そのコツを教えていただきました。
シーズン中も、汗染みや黴の発生には気をつけて、着用後はなるべく早く内側の体に触れたリボン部分の汗を拭き取ります。本体に汚れがついた場合には、力の入れすぎによる割れに注意しながら、よく絞った布で汚れを取り除いてください。家の中では、直射日光の当たらない場所、空気の流れが激しくない、例えばエアコンの風が直撃しないような場所に保管。
シーズンを終えたら、黴の発生と、空気の流れにさらされることによる強度の低下に気をつけて、長期保管の場合には、ハットケースや箱を使う。しまいこむ前に、十分に乾かしてからにすること。
「それと、よく(経年変化の)型崩れをご心配される方も多いのですが、人の頭のかたちというのは千差万別で、きれいな楕円形の方など皆無です。長くかぶるうち、その人の頭のかたちに沿ってくる。それは、私は美しさだと思いますね。かっこいいんです。だから、型崩れしちゃいましたなんて帽子店に駆け込まず、ぜひ、その変化を楽しんでください」(社長・佐原信連さん)
とても素敵なお考えを、最後にいただきました。
写真/村上未知
構成・文/森 祐子